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『古代イスラエルと日本民族の秘密』はじめに [神文学のいろは]

いろいろな預言がある。最も有名な預言は、キリストの「神の国は近い」というものであろう。
 キリストの死後二千年の間に、キリストの預言は人間の眼にはもろくも崩れ去ったかに見える。この地上の一体どこに神の国があったか。キリストの教えを継いだキリスト教会自体が独善と偽善の大本山ではなかったのか。キリスト教会内でも古くから、正統を目指す諸宗派が他を互いに異端呼ばわりして迫害を加え合ってきた。その争いがカソリックとプロテスタントの血で血を洗う大惨禍に帰結したのではなかったのか。
 キリスト教会内だけの争いではない。キリスト教とユダヤ教、それにイスラム教は同じ神から出現しながら争い続け、それは今に至るまでパレスチナ問題として血を吹き上げている。
 宗教間の争いだけではない。国と国、民族と民族、人種と人種は今に至るまで憎しみ合い殺し合ってきた。どこに神の国などあるか、キリストの預言は預言ではなく単なる希望であったにすぎなかったのではないのか。人間は皆、そう考えている。
 だが人間(ジンカン)の百年は神の百日でしかないのを人間は知らない。キリスト以後二千年とは、神の眼にはただの二千日にすぎない。二千日とは、たかだか五年半ぐらいのものである。キリストの預言が間違ったと誰が主張することができるというのか。
 人界の一年は神界の一日であることを証す一つの傍証がある。占星(センセイ)学を知っている者なら誰でも知っている事実である。
 個人の運命はいつ、どこで生まれたかによって決定される出生天宮図(ホロスコープ)の範囲内でしか動かない。人間は自由であるから自分で自分の運命を決定することができると思っているのであれば、浅慮(アサハカ)と言う他ない。出生天宮図は、その者の運命のいわば遺伝子型である。
 人間はまず生まれ育った環境によって制約される。また人間は潜在意識によって制約される。人間は誕生する以前から生きている。自分自身の個別的前世記憶と遺伝子を通して流し込まれた先祖の記憶である。
 前世記憶など脳にそれがない以上存在しない、と速断してよいものか。自分には肉体以外の体はない、と断定できるのか。古来どの民族も神を崇(ウヤマ)ってきた。それと同時に、人間の中の魂あるいは精神(スピリット)というものを先天的に信じてきた。それを信じる機能は脳である。心の問題も全て脳の構造に帰着する。私は脳の他の意識主体はないと言っているのではない。最終的な意識主体が脳だと言っているにすぎない。
 その脳は、たしかに生まれて以来教えられたり学んできたりした体験や知識しか持っていない。生まれる前の自分のことなど全く知らない、というよりは生まれる前に自分など存在しなかったと考える。そういう意味で全く物質的といってもよい脳がなぜ魂を信じてきたのか、神を信じてきたのか。脳の本質が物質的であるとすれば、なぜその脳が物質的でないものを信じてきたのか。脳の本質からして、そういうものを信じることは脳の本質を裏切る、自分自身を裏切ることではないのか。なぜ脳は自分の本質を殺す意識を、人類の歴史始まって以来、延々と持ち続けてきたのか。
 人間が魂の存在も神の存在も信じなくなったのは、現代文明が発達してきてからではないのか。マルクス主義もイギリスに産業革命が起こってから一世紀後に起こった。古代に逆上(サカノボ)るほど人間は神を信じる程度が強かった。とすると、人類誕生は現在の科学的理論によると二百万年ぐらい前だそうだが、──これも甚だ疑わしい、私の少年時代では五十万年と教えられた──よしんばそれを正しいとして、人類はなぜ二百万年間も霊魂や神の存在を信じてきたのか。信じなくなったのはたかだか二百年ぐらいでしかない。期間にして一万分の一しか無神論時代はないではないか。
 そればかりでない。現代でも神を信じる者は無数にいる。イスラム教徒など全員信じているし、西欧でも恐らく数十パーセントの人は未だに信仰を持っている。
 おそらく世界中で最も信仰心のないのが支那人であろう。支那人はほとんど全員無神論者である(私は、現在漢民族と自称する人々のことを言っている。現在は中共政権に組み敷かれている他民族のことは支那人の中に含めていない。後世の滅茶滅茶な混血により、古代の漢人は今は残っていない)。似たようなのが北朝鮮か。その次に無神論者が多いのが恐らく我が日本であろう。日本人は信仰を持っている者を内心バカにしている。だが日本人の場合は、支那や北朝鮮の人々とは異なり本質的無神論者ではない。それが証拠に年初にはたいてい神社にお参りする。日本人の無信仰は、単なる“科学的”ジェスチャーであるにすぎない。

 脳の一部──松果腺を中心とした一帯──には前世記憶を再プリントされた脳細胞がある。どこから再プリントされるのか。存在の本質「霊(スピリット)」から再プリントされる。(霊とは光霊(ヒカリタマ)・射干霊(ヌバタマ)複合体をいう。この上位者に時霊(トキタマ)が存在するが、時霊は唯一神である。光霊とは正(セイ)の霊、射干霊は反(ハン)の霊である。…原註)
 この記憶は人によって天文学的な差がある。「霊」がどこまでその肉体を掌握しているかによって、記憶は確然たる記憶から靄(モヤ)みたいな記憶まで千差万別である。全く記憶を持たぬ者も大勢いる。

 人は生まれ育った環境と潜在記憶によって制約されている。自分はこうなりたいと考える時、その希望は潜在記憶から浮かび上がってきたものである。自由な発想で思い付いたとしてもその発想は潜在記憶から出てきたものにすぎない。
 一般的に言って、ホロスコープとは潜在記憶と今世における願望──この人生でどう生きたいか──が一つに編まれた運命の原盤であると言ってよい。もう少し正確に言うと、潜在記憶と絡まった願望を達成するうえでの、機会と障害が一つに編まれた運命の原盤である。人の一生はホロスコープに支配される。
 ただし私は世で行われている星占い程度のことを言っているのではない。私自身が創り出した「Z(ザラズ)占星学」のことを言っている。Z占星学に比べれば世で流布している占星学は小学生並みの精度でしかない。しかし、この場でZ占星学について説明することは紙数の関係上不可能である。私がキリストの預言絡みで言いたいのは人界の一年は神界の一日だということである。具体的にはどういうことか。
 生まれた時刻でつくられる天宮図(ホロスコープ)がある。一日経つとどの星も元の位置から動いている。一日後の星の位置が一年後の運命(行運(コウウン)という)を表す。三十日後の星の位置が三十年後の運命(行運)を表すのである。天宮図に刻(シル)された星の位置は、その人の全体としての運命、一生かけての運命、を表す。この運命を切り開くのに一日一年換算で進行する星の位置が関係するのである。一生で経験する全ての運命が出生天宮図に刻されているが、その運命のいろいろな相を行運としての星が開くのである。
 この事実は人間の運命が神界──星もその一つ──によってコントールされていることを示している。人は自分一人で運命を切り拓いているつもりでも、所詮お釈迦様の掌から逃れられぬ孫悟空なのである。

ホロスコープ鑑定
一人一人の運命が神界──形而上(ケイジジョウ)学的原理──によってコントロールされている以上、その集団としての国家の運命も神界によってコントロールされている。世界には幾多の国が興り、そして滅んだ。それは一人の個人が栄え、そして衰え死ぬ法則と何ら異なるところはない。かつて地中海世界を席捲したローマ帝国は、今はない。ナポレオン帝国は朝槿(チョウキン)の夢でしかなかった。現在あるいろいろな国が、百年後もそのままであるなどということは考えられない。国が譬(タト)え存在している場合でも、その姿は大きく変化しているであろう。
 現状を固定するのが平和だと考えたら大きな間違いである。神は平和のみをもたらすものではない。神は本質的に「戦争と平和の神」である。
 何の戦争も何の革命もない世界、それは恐ろしく濁った腐敗の世界である。濁り水は、あるいは白濁し、あるいは緑濁し、そこからはメタンガスが吐き出されてくる。日本人は、世界の中で本質的に最も清さを尊ぶ国民であろう。少なくともかつてはそうであった。その日本ですら、戦後五十八年目の今日、政界も官界も業界も学界も宗教界も教育界も、またマスコミ界も、濁りに濁っている。平和が唯一の価値になった国を襲う、あまりに当然の濁りである。
 キリストの預言、「神の国は近い」は真実であることが、これからの三十年で実証されるであろう。神にとってそれはたったの三十日にすぎない。だが神の国が到来するまでに、世界は劇変を味わうことになる。神は最終的に平和をもたらすが、その前に戦争をもたらすからである。人間個人がいくら戦争を嫌っても、世界が神の手によって動いているかぎり戦争は必ず来る。
 世界は、人間自身がつくった業(ゴウ)と神の未来ヴィジョンが衝突する時に、発生する熱によって鍛造されていく。神も仏もないものか、という人間の呪いにもかかわらず、その地獄の業火そのものの中に神の導きがある。人間の歴史は、人間だけがつくっているのでも、神だけがつくっているのでもない。人間の歴史は人間の業を背負った青龍刀と、神の意志を体した日本刀が火花を散らす、その火花によって鍛造されていくのである。ニーチェは「神は死んだ」と言った。にもかかわらず神は死んではいない、神は生きている。永遠の命である神は人間を見棄てたこともなければ人間を讃めそやしたこともない。神は塗炭の苦しみに喘ぐ人間を冷然と見守りながら、機を計って救いの手を差し伸べる。この救いの手を弱者は捕むことができない。どのような困難に遭ってもたじろがぬ強者だけが捕むことができる。憐れみを乞う者に神は手を差し伸べない。活地(カッチ)を求めて戦う者だけに手を差し伸べる。

 私はこの著作の中で、盲目的に動いているかに見える世界の歴史には天の計画、即ち天の「経綸」が厳然として存在していることの一端──あくまで一端──を示そうと思う。
 天の経綸のことを「Z(ザラズ)計画」という。Z(ザラズ)とは宇宙を主(ツカサド)る唯一神の名であり、この神は世界の歴史の中で幾つもの名を持っている。一つは古代イスラエルの民を導いた「エホバ(ヤハヴェ)」であり、一つはキリストがそう呼んだ「天の父」であり、マホメットを通しては「アッラー」として至現した。そしてゾロアスター教のアフラマツダであり、北欧神話のオーディンである。またギリシア・ローマ神話のゼウス(ジュピター)であり、ヒンドゥー教におけるシヴァ神である。仏教においては法華経の中で「久遠実成(クオンジツジョウ)の仏陀」として示現し、老子の中では「道(タオ)」として説かれている。更に我が日本にあっては「八幡神(ハチマンシン)」として、また「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」として示現している。
 Z(ザラズ)神は時間(歴史)と空間(土地)の中で己が一つのカット面のみを示現してきた。ある土地のある時代の人間たちが理解できる形で示現してきたのである。
 Z(ザラズ)神はいろいろな顔をとって示現し、いろんなかたちで人間を教導する。ある時ある場所で示現した教えが、別の時の別の土地で示現した教えと矛盾して見えようとも、それは人間の浅い意識の中でそう見えるにすぎず、単に真理というものの多面性を示しているにすぎない。更に、先に述べたように、当時の人間が理解できる範囲でしか宇宙の真相を開示しないために生じる差違でしかない。

 私がこの著作の中で取り上げるのは、古代イスラエルの民と日本民族の関係である。
 このことを扱った後で、日清・日露二つの戦争を経て大東亜戦争に至る戦争の系譜の中にZ(ザラズ)計画がどのように走っていたかをやや詳しく述べたいと思う(『大日本帝国滅亡に隠された秘密目的──戦争と平和の神Ⅱ』)。敗戦と共に始まったマッカーサー体制の中で、我が戦争史がどれほど歪められてきたかを論じていきたい。特に決定的だったのはマッカーサーが操った極東国際軍事裁判(東京裁判)であり、この裁判によって戦前・戦時の日本の行動は決定的なかたちで歪められてしまった。この冤罪を晴らさぬ限り、日本の未来は絶対にない。そのことを真率な研究者の研究を引用しながら論じたいと思う。

ホロスコープ鑑定

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コメント 1

某ドカタ


Hしてお金もらえるって最高だな!!!!
ぶっちゃけテキトーにやっても月30万越えとか余裕だし(笑)

もう仕事辞めて、これ一本で食ってくわ!!!!(* ̄ー ̄)v
http://x5w8t2z.fukushima.coresy.net/x5w8t2z/
by 某ドカタ (2011-04-02 18:12) 

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